蝙蝠盤  自由帳

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2010年 04月 30日

砧公園で

人物クロッキーした。
屋外で絵を描いたの、学校の写生旅行以来だなぁ。
生身の人物を見て描くのも、学校以来だった。
風が強くて、カルトンを押さえながら、飛んで来る葉っぱとか小さい虫とかを避けながら。
楽しかった。
構図とか線とか、家で描くときより甘くなってしまうけれども、
学生のような気持でモデルをじーっと見たりするのも、いいものだなぁ、、、。
単純に自分ち以外で絵を描くというのも、新鮮で不思議な感覚だった。
みんなそれでライブドローイングとかやるのかな。

雲一つなかったし、お弁当とかハッピーターンとか柑橘類とか食べて、缶酎ハイのんで、とても気持よかった。
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by jingjing-li | 2010-04-30 15:19 | つれづればなし
2010年 04月 28日

最近「えーっ」と思ったことにまつわる話(長)

 ひとつのことで、大きくえーっ、、、とマイナスなことを思って、それがそれで止まるときと、
あれもこれもえーっ、、、と思い続けることになるときがあるけど、
最近の私は、続いたほうで、なんなんでしょうね、「星まわりですね」とか「何か拾ってきたか」とか言えたらいいかもだけど、スピリチュアル道とは(まだ?)ある程度は距離を保っておきたい私であった。

 それで、そういう状態になると、なんでかということを、
「深層心理発見ノート」(←大山ドラえもん風でお願いします)につらつら書いて考えることになるのだった。
このノートは、12、13才から始めたので、もう20年も続けていることになる。
ってゆーか、最近ぽろっと人に話すまで、20年続いていると気づかなかった。
続けようと思って続けたわけではなく。
「補助輪ノート」とか「はきだめノート」とか、呼び名はそのときどきでアレなのだけど、とにかくノートに書くという行為を目的にしたことは一度もなく、書くことでわかった(気になる)結果だけが目的だ。
だから、人生で使ってきたトイレットペーパーの長さを人が考えて「よし」と思ったりしないように、20年も書いたところで、達成感が残ることはない。(ちなみに昔のノートを読み返すことはない。むしろ絶対に読み返したくない。)
 絵(ラクガキ)も、たぶんこれに近かった。
絵を描くこと、続けることが目的ではなく、結果、物心ついたときから、続いた。
ただやめなかっただけだ。
 でも最近(ここ何年か)はそうじゃない。
描くことも目的の一つになりつつある。
そして、だからこその、今までとは違ったことがらにも出会ってくる。
今回はその流れなんだろう。
どーんと当たったかんじ。あたったものも、あたり具合も、「お初」といったかんじ。
自分にとってざんしんな感触。
斬新なものはやり過ごすのが大変だから、ノートに書いたほうがいいのだ。



諸々の中で、
2こ、「えーっ、、、」と思ったことで個人的出来事じゃないことをここに書くと。
いっこはipad。
にまつわる、やがては本が電子書籍に移行するが、ipadで加速するのは間違いないですね、という話だ。
まずは2、30年で、手始めに消えるのは雑誌だろうと。
このことが、たしかにたしかに、自分にも簡単に想像できて、そのか〜んたんに想像でき具合に落ち込んだ。リアルなんだなと。
電子書籍化はあまり歓迎ではない、という人も「まぁ雑誌はね」という意見だったりして。
紙の雑誌は摩擦なくするするーっと消えていく未来なんだなぁ、これから自分が生きる未来って。
 私は、母親が40年くらい前に買った「暮らしの手帖」などの雑誌を読むのが好きなのだ。
40年前って、平塚らいてうがまだ生きていて、今なら言えるとばかりに若かりし頃の自分と年下の画学生とのワンナイト・ラヴ(!)の顛末を嬉しそうに紙上で語っていたりするのだ。
というレアな話でなくとも、昔の人の人生相談だの、投稿コーナーだの、書評だの、
料理レシピの「バタ(バターのこと)はやわらかくしておきます。これをボールにとって、しゃもじでよくねります。」だの、色褪せたカラーページのかわいい服だのを、見るのが好き。
 今のUSBメモリや、CDRに文章や写真を落として、私が大事にとっておいたとしよう。
でもそれを数十年後、一般の家庭で開くことができるだろうか?
フロッピーディスク(やカセットテープ、ビデオテープ)と同じ運命を辿っている可能性の方が、遥かに高くない?
ネット上でがんばってアーカイブを探し出して読むことはできるのかもしれないけれど。雑誌だとそれも困難になっているのではないか。
紙以上に長い年月を一緒に歩んでくれるとは思えない。
わりと近い未来の人はもう、家の本棚の、古い雑誌を、なにげなーく引っ張り出して寝転がって読む楽しみは、味わえないのか。
私は、一つ貧しくなるのだなぁと思ってしまった。
きっとそれに変わる便利さを大きく感じられる人もいると思うので、もちろん自分ひとりの、2010年の感慨だけど。
 
もういっこめ。
自分がカフェとかバーをやるとしたら、「このお店の中ではTwitterとUstream中継はしません」と張り紙するかもしれない。(カフェとかバーやらないけど)
 この前飲んだところは小さなカウンターのところで、お客さんは3人だけ、カウンター内で店員さん2人ともが、iphoneをずーっといじっている。
私達の会話を書込まれていないとは、まったく断言できない。と思ってしまった。
人間不信すぎる?考えすぎ?
自意識過剰?それは当たっている。

 Ustream中継を生業としているらしい女の子が、「これからどこに行っても中継されている世の中になったらおもしろいと思います」みたいなことをはつらつと言っていた。
ほ、ほ、ほんとに?
イベントという公の場だとしても、そこに居た人にしか聞けない、聞かせられない、記録しないことを前提に話せる面白い話って、あるんじゃないの?
万人に聞かれても大丈夫な話だけって、あたりさわりない話って、おもしろいの?
「中継入ってるんじゃ、あの話はやめよう」てことになんない?
というとまどいと、
自分は人間不信すぎる?考えすぎ?という後ろめたさとがまぜこぜになって、なんともいえないあじわいブレンド。
そこにさらに、「しかし、世の中はたぶん、女の子の望む方向で進んでいくだろう」ミルク投入。
それは携帯電話みたいなひろまりの速さなのかな。どうなのかな。
私は、このなんともいえないあじわい・オレを、たぶん、年をとるごとに飲み続けていくことに、なりそう。
それが自分の未来の一側面みたいだ。

完全否定とか、完全拒絶する気は、ぜんぜんないのだけど。
それとも、意外にもぜーんぜん馴染んで、利用しまくって、恩恵をうけまくって、今日書いた内容をバカバカしく思うだろうか。
そっちのほうが楽しいだろうな。

それができるなら「観察ノート」はとっくに終わっていた気もするけど。


思い切って今までで一番長文にしてみた。
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by jingjing-li | 2010-04-28 01:26 | つれづればなし
2010年 04月 23日

個展の話と、全然関係ないロシアのフィギュアスケートの話

個展も残すところほぼ一週間に。
営業日で言えば、あと4日。

最終日(5/1 土)はずっとギャラリー(waitingroom)にいる予定です。
23,24日も夕方頃おります。

長いような、でもあっと言う間のような…(C/真央ちゃん)

 キムヨナ選手がプロに転向したら、一度ショーを観に行きたいなぁ。
高校生の頃フィギュアをテレビで見るのが好きだった。
でも最近は見なくなっていた。(が今回のオリンピックは久々に観た)
あの頃は、とにかくロシア(と旧ソ連勢)が女子でも男子でもペアでも、揺るぎない頂点に君臨していた。
今思うと、私は実はフィギュアを見るのが好きというよりも、ロシア選手の持つ遠い歴史の匂いみたいなのを見ていたかったんじゃないかな、、。だから旧ソ勢があまり上位に出てこなくなってからは遠ざかっていたのかも。
 ロシア系の男子選手って、いつも流行りからは縁遠い、ふしぎなかみがたをしている。
リンクサイドとかの写真はいつも残念なかんじ(失礼)なのに、、
金糸銀糸で刺繍した衣装を纏って、銀盤の上を滑れば、その髪のなびく様子が、実にはまり、旧時代の王さまがそこに現れたように感じられるのだった。
女子も、髪型は基本アップなので他の国と変わらないけど、やっぱり滑り出すといっぺんに古い絵本のお姫様みたいになる。
あの、ふしぎなタイムスリップ感は、他のヨーロッパの選手にも、無いんです。他の国は、現代でしかない気がする。
(地上では)ださい髪型は、実は計算されているのだろうか?
だって、普段はアメリカで練習してます、という選手でも髪型はぜんぜん今風にならないので。
あくまでも滑るときに美しく見える髪型の結果があれだったら、すごいな。
わからないけど。

ロシアや東欧は、自分の絵にも現れているとうり、ちょいちょい憧れる国です。

ぜーんぜん話が飛んでしまった。

話を個展に戻すと。
長いような、あっという間のような、
普段知り合えない方々とお話できたりして、ありがたいです。
今日はそんななかのお一人に勧めてもらった諸星大二郎のまんがを2冊読んで、
あたまがわーっとなりました。
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by jingjing-li | 2010-04-23 03:43 | つれづればなし
2010年 04月 15日

ナイフ記念

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オイルらくがき。 

 この2年間、どうしてペインティングナイフの存在をほぼ黙殺していたのだろうか…。
こんな使えるやつだったとはー。
今まで筆だけで描かれていたと思っていたあの絵もあの絵も、実はナイフだけだったとか併用だったかもとか思ってややショックをうけた。
これとこの前新しく買った大きい筆を使って、今までとは違った幅が出せるようになるといいなぁ。
RPGみたいだな。
ゲームしないけど。



 謙虚でいることと、卑屈になることは、差別化が難しい。
一つの丸いツマミを回して音量を調整するような。
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by jingjing-li | 2010-04-15 01:48 |
2010年 04月 14日

今日もラクガキ

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昨日の決心にも拘らずホームページ更新作業せずラクガキ。

しかし、何枚分かは画像を作ってから寝よう。


加護ちゃんは、以前よりどんどんかわいく、きれいになっていってて、演技も魅力的、と思うのだけど、良い作品に恵まれるって難しいんかなぁ。良い映画に出てほしい。
けっこう前だけど「トンスラ」の演技、良かったのになぁ。
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by jingjing-li | 2010-04-14 00:16 |
2010年 04月 13日

今日のラクガキ

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このブログではなくて、メインサイトのほうに、ほんとうに、いいかげん、ペインティングをまとめてアップしよう、、。


バナナマンがこんなに輝いている日が来るとは、10年前、誰が予想しただろうか。しかも、2人ともだ。ボキャブラ天国時代から、このようになるまでのみちのり。


とにかく、もっと描こう。というところに収まる。
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by jingjing-li | 2010-04-13 04:54 |
2010年 04月 08日

絵本と私

 きのうは、2才の女の子と遊んだ。
始めはお互いやや人見知っていたが、数時間後には、私は女の子のお気に入りのおもちゃくらいまでには昇格できた。たぶん。

 絵本を読んで、と頼まれて(正確には「しょうこちゃんこれ読むのよ」)
初めて「子どもに絵本の読み聞かせ」をすることになったのだけど、
なぜか、いきなり小コント風に、思いきりひっくり返ったりしながらのアクション満載で読めた。
なり切ってセリフ以外も勝手に演技していた。
女の子は喜んでくれて、もう一回もう一回と、6公演することになった。
 
 他の本も、「これも、次これも」と何冊か女の子が持ってくるままに読んだけど、6公演頼まれたのは一冊だけで、私もその本が読んでいて一番やりきった感があって読める本で、2人一緒の一体感が出しやすいのだった。
 けれども、私が一人で本屋などでぱらぱら黙読していたら、この本はぜんぜん面白いと思わずに、読んだはしから忘れ去っていく本だったと思う。
ラストは、お母さんが迎えにきて、「ああよかった、お母さんと一緒におうちに帰ろうね」という、ありがちといえばありがちな終わり。
でもそこがまた、お話が終わって、さぁ絵本の時間はおしまいだよ、帰ろうねと、すんなり日常に戻れて、次の動作(例えばごはんとかおむつ替えとかお母さんとしなければならないこと)をし易かった。
「なるほどなぁ〜〜」と思った。
だからこのお母さん登場で終わりというラストが絵本に多いんだなぁきっと。
 ストーリーだけで見ると、面白いのは他の本、、でも、一緒に読むと面白いのは断然こっち。
「字が読めない頃に、誰かと一緒に読む絵本」としては、こういうのがいいのか。

 私自身は、子どもの頃、絵本は特に好きじゃなかった。
母親が絵本を読み聞かせるタイプじゃなかったので、一緒に読むことはなくて(たまに頼んでも、母親の方が毎度途中で寝てしまった)、一人で字が読めるようになる頃には、絵本はもうストーリー的に物足りなかったんだろうと思う。
私は末っ子なので、常に姉の真似をしたがって、絵本じゃなくて姉が読んでる字がいっぱいの本の方が読みたいというのもあっただろう。
 唯一「あれは好きだった」と覚えているのは、近所の小児科にあった本。
幼稚園の芋ほりで、園児たちよりはるかに巨大な芋(数ページに渡って一つの芋の絵が描いてあった)が出てきて、みんなで芋のなかをくり抜いて、マンションみたいに小部屋や階段を作り、くり抜いた分は大学芋とか芋のてんぷらとかにして食べ、あまりに芋を食べたので、みんなでおならで空を飛ぶ、という話。(と覚えていたけど、今ネットで調べたら、最初の方違ってた。タイトルは「おおきなおおきなおいも」だった。)
やっぱり、昔から空飛ぶ話が好きだったんだなー。
今、自分で描くものについて、空飛ぶいきもの多いなー、またか、と思ったり。
みつごのたましいひゃくまで、、。


 絵本はいつか作ってみたいなーと思うものの、むずかしそうだなーと思う。
エドワード・ゴーリー的なものはなんとなく作れる気はするけど、、。
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by jingjing-li | 2010-04-08 20:24 | つれづればなし
2010年 04月 07日

つれづれ

 今日はものすごい寝癖がぜんぜん直らぬまま買いものに行った。
大きい筆と、もっと大きい刷毛と、ゴムべらと、ペインティングナイフを買った。
ゴムべらは、なんとなく下地塗りに使ってみたらどうなるのかなと思って買った。
それから、絵を梱包するときに表面を包む紙、ギャラリーの方のおすすめのを買った。
たぶん私は溶き油を多めに使っており、紙がくっつき易いので、くっつきにくい加工がしてある紙。
名前は「クッツカーネ」。
脱力する名前だ。
ロールで買ったので(脱力してる分)重かった。


 一日に一度猫のことをかんがえてしまう。
でも、猫が家にいたら、下地を塗ったところをよろこんでがりがりするんだろうなぁとか
ただでさえ油絵の埃対策が失策なのに、毛も付くんだろうなぁとか考える。


 「華麗なる遺産」(韓流ドラマ)とっくに終わってしまったんだなぁ、、。
韓流ドラマは、きのう書いた大島弓子と反対で、
誰もが分かっているハッピーエンドに向かって、どうしてここまでハラハラさせられるか!というところが醍醐味っつーか。ハラハラの中身も、ベタベタなのにどうして??
だから、ラストどうなったんだろう、とかはぜんぜん思わない。過程を見逃すことが悲しい。


 4月に対して、毎年のようにここでけちをつけてしまって、4月には申し訳ないが、
4月が一年で一番嫌いかもと今日思った。
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by jingjing-li | 2010-04-07 00:04 | つれづればなし
2010年 04月 06日

春は

六義園で夜桜をみた。
携帯でてきとうに撮った写真だけど、、。
この桜はしだれてた。
しだれたもん勝ちというくらいしだれていた。


大島弓子の「グーグーだって猫である」
文庫化を待ってたのが、やっと3巻が出たので読んだ。
まさか「グーグー」で泣かされるとは、、、。
ホームレス氏とタマの話がーーー。
昔、ストーリーマンガでも、ホームレス氏が鍵になったのがあって、あれもよかったなぁと思い出したり。
グーグーもいいけど、やっぱりストーリーものも描いてほしいなぁ!

大島さんの話は、基本ハッピーエンドなんだけど、その最後のハッピーがいつも、
わあぁ、そうなん!?というハッピーで、思いもよらない方向からおむすびが転がって来るよう。
でも、そうか、自分でも気づかなかったけど自分が食べたかったのはこのおむすびです!と思ってしまう。
この、自分では思いもよらない方向から、というところが、「大島さんが新刊を出したら絶対買う」になるんだと思う。
しかも、何回も読むし。
それと、マンガの中に出て来る言葉が、ほんとうに良くて、
普通に暮らしてて、ポロっと思い出したりする。
で、この言葉、なんの話のやつだったっけ、とまた読んだり。
でも布教活動として、人に貸して返ってこないのがいろいろあって、読みかえせなかったり。
それでも貸したいのだった。

春はやっぱり「綿の国星」だ。

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by jingjing-li | 2010-04-06 00:12 | つれづればなし