蝙蝠盤  自由帳

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2008年 05月 28日

たよりになるのは

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「くらかけの雪」

たよりになるのは
くらかけつづきの雪ばかり
野はらもはやしも
ぽしやぽしやしたりくすんだりして
すこしもあてにならないので
ほんとうにそんな酵母のふうの
朧ろなふぶきですけれども
ほのかなのぞみを送るのは
くらかけ山の雪ばかり
(ひとつの古風な信仰です)

宮沢賢治の詩。

ちょびちょび「春と修羅」を読んでいて。

テレビもネットもつぎつぎ悲しいニュースが伝えられて。
ドラマでもホームドラマかと思って気を抜いていたら
急に怖いことになったりして。テレビをつけるのも怖い。
野はらもはやしも
ぽしゃぽしゃしたりくすんだりして
まったくあてにならないので。

ふぅっていうか。
ああっていうか。


宮沢賢治は、仏教の思想でもって啓蒙活動をしたい、それを文学で広めたかったという他に、純粋に面白いものを書きたいというのはどれくらい意識していたんだろう。
語彙に水晶体や融銅などの科学のことばと、「うに」とか花や木々や生物のことばと、仏教用語と、ドイツ語、英語、あとクラムボンがかぷかぷ的なことばなどなど。森羅万象を縦横無尽だ。それと声にして読んだときのリズムがあるから意味が多少わかんなくても浮遊感がある。
他の人にはないおもしろさを、独特であることをどこまで自覚していて、どこまで意識して狙っていたのだろうか。それともどれも本人にとっては身近な世界ばかりだっただろうから、無意識に、素直に作ってああいう結果になったんだろうか?
どこまで楽しんでいたのだろうか。

昔、宮沢賢治が岩手の小学校?農学校?の先生だったころの教え子が、まだ数名ご存命で、思い出をぽつぽつ語っているのをテレビでみた。(もちろんNHK。)うるさく騒いでいるこどもに対し、持っていたチョークを、その子の顔をみながら黙ってぼりぼり食べたそうだ。
それは、おとなしくなるよね。みんなしーんとして先生見ちゃうよね。
そのチョークを投げるとか、生徒を打つとかは、やっぱり思想に反したからしなかったんだろうか。
あの番組からさらに10年以上が経っているけど、あのおじいちゃんたちはまだ元気だろうか。
毎日死んでしまうけど。
長生きっていいことだ。
そして、やっぱりすごく難事業だ。
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by jingjing-li | 2008-05-28 01:26 |
2008年 05月 14日

うめしおラーメンほか

上野の博物館に行ったついでに、ずっと前に深夜番組で見て以来食べたかったラーメンを食べに行った。上野、湯島天神近くの大喜というラーメン屋さん。食べたかったのは「うめしおラーメン」だ。
その番組は、ラーメン屋が選ぶ凄いと思うラーメン屋ランキングというのをやっていて、ここがたしか一位だった。プロが認めるプロ。ミュージシャンズミュージシャン的。
結果、だーいまんぞぉーく!
でもその番組でもたしか言ってたけど、ラーメンにジャンクな要素を強く求める人にはあんまりかも。一般ランキングではたぶん一位にはならないと思う。
自家製の麺なども、通常のラーメンとはちょっと違っていた。
でも麺もスープも刻んだ油揚げも青菜のお浸しも海苔も梅も、ものすごい試して、考え抜かれて、この形態におさまったんだろうな!というのが想像できる味やら食感やら見た目。ネギが輪じゃなくて白髪ネギってところにもグッときた。
値段は780円、とにかく手間を考えると安いと思う。昼の2時すぎに行ったけど、まだちょっと並んでいて、でも近所にあったら通って全メニュー食べてみるでしょうよ。こんどはプレーンな醤油ラーメンかつけめんが食べてみたい。

あのオリジナリティと、店は狭くてどちらかというとぼろ、、で、もうけをそっちに使わずラーメンに還元してしまっているんだなぁというところが、ラーメン屋から選ばれるゆえんなのではなかろうかと勝手に想像する。
大将をラーメンやでもないくせに尊敬の眼で熱く見て、不信がられる。
ラーメンやっぽくない、研究室詰めのサラリーマンみたいな風貌も高感度大。
絵描きの、絵描きくさいのはやりきれない。と熊谷守一は言ったらしいけど、どの道だってそういうことですよね、大将。


あとテレビで卓球の愛ちゃんが
「それだけがんばれる支えはなに?」という質問に
家族も、コーチも、ともだちも、近所のおばちゃんも、
このひとがいるからがんばれるというひとはたくさんいるけども、自分を支えるのは自分自身です、自分で自分が支えられないと簡単に崩れ落ちてしまう。自分で自分を支えるのがいちばん難しい。
というようなことを考えながら言っていて、
ほんとうにすごいと思った。
そのとおりだと思う。
というか私は30でやっと思ったわけで
19のときはその10分の1もわからなかった言葉だと思う。
しかもそれをちゃんと言葉にできるのがすごいなぁ。
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by jingjing-li | 2008-05-14 04:37 | アートのはなし
2008年 05月 07日

ボケ防止

個展の搬入や搬出をいろいろ手伝ってくれたお礼に、友人に刺繍券をプレゼントした。
なんか刺繍しますチケット。
オーダーはブックカバーと、お家にあるランプシェードに刺繍。
できあがりは、
上、蝙蝠を刺繍したブックカバー。
中、ランプシェードに刺繍はやめて、ぶら下げるチャームっていうか、そんなやつを。
古い着物の紋を切りぬいて淵にステッチを。
下、勢いがついてもっと刺繍したくなり、もともと友人が持っているトートに刺繍(なんか微妙になっちゃったけど持ち手に皮のタグみたいなのも)
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上と中のは、着物の古キレをちょっと集めていた頃に高山や京都で買った布。
古いもんはいい。それだけできれい。ブックカバーの下のほうのあて布は最初から。
だれかの野良着だったのだろーか。

絵を描くときと使う頭が似て否。
普段使わない部分の脳みそを動かすかんじがきもちいい。
自分を苛めてる感じと、眼にみえてかたちが完成していく感じと、ひたすら外と離れてもくもくとやる感じ、手工芸や立体などはみんなもこれが欲しくてやるのだろうなぁと思う。
絵はだけは、、うーん、上手く言えないけど、ムラムラが直接的で浮遊感がある。

器用貧乏とは私のこと?
とたまに思うけど、
ちょっと器用なのは、まぁこれがなぜか指だけで、
しかも指もなんか作るときだけで、あとはたいがいぎこちない変な動きしかしません。
不器用といえば健さん(高倉)か私か。大きく出てみた。
でも健さんのようにかっこよくもなく、そう器用でもないときたら、
残るはただの貧乏じゃないかしら。

でもこれらを作るのに結局一度も
定規も、下書きも、印も、なく。そういえば図柄のラフも描いてない。
「めんどくさ、、」が産む私のフリーハンド一発能力は、
以前よりますます上がるばかりであります。
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by jingjing-li | 2008-05-07 00:47 | つれづればなし
2008年 05月 02日

チラ見で

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いつも人物ばかりのところを、しばらくあまり描かなかったのですが、
また人物が描きたくなってきた。

人物はやっぱり特別な気がする。
描くのも、見ることも。
みんなの感想を聞いても、人物の絵は別枠な印象だ。

たとえば虫の絵で、目の位置が一ミリ違っていても、足の角度が20度違っていてもなんともなかったりするけれど、
人物の目の位置は1ミリでも変えると(時には0.1ミリくらいでも)ガラーっと表情が変わってしまう。
描き直してから、あーあ、なんで目の位置変えちゃったんだろう、さっきの顔のが良かったよ!と地団駄を踏むことがしょっちゅうだ。悲しいけどしょっちゅうだ。
さらに戻そうと描きなおしても、まったく同じ人は二度と現れてくれないのだ。
一度のご縁を大事にしなくちゃいけない。
一期一会ならぬ一期一絵なのだ。ウマイこと言い過ぎてむかつく?

足の向きなどもちょっとずらすだけで骨格が別人になったり、気持ち悪くなったり、すーぐばれる。
見る人に、デッサン力のあるなしはまったく関係ない。
人物はほんとに誰にでも理屈抜きに、わかりやすいのでむずかしい。チラ見で一発だ。

その理由は、人間にとって人間以上に気になるものはないからじゃないかと思う。
一番美しいと感じるのも、一番怖いと感じるのも。
私はそうだ。私が人間だからだ。
私が虫だったらたぶん虫が一番美しくて怖いのだろう。
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by jingjing-li | 2008-05-02 02:19 |