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2007年 12月 28日

だってサビが

「さあ がんばろうぜ!」って。
いつも驚愕の明快さに感動してしまうエレファントカシマシが、
最近CMや、ダウンタウンDXのエンディングテーマに起用されていて、嬉しい。とても嬉しい。
くるりも銀杏BOYZもかっこいいけれど、エレカシやっぱりいいよと思う私だった。
さあがんばろうぜ。負けるなよ、そうさ。ですよ。

2年くらいぐるぐる出口が無かった事柄が、
3つほどあって、このまえ一日で3つとも出口が見えた。
クリア三つ巴。
そんなこともあるんだね。
体がついていかず、ちょっと寝込む。

寝込みながら考えついたアイディアが、
その通り実現できたら、
来年はいい年になると思う。
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by jingjing-li | 2007-12-28 02:23 | つれづればなし
2007年 12月 14日

おまちゃんとの旅〜けもの道

もう今年も終わりが見えたということで、
今年いちばんの楽しい思いでは、おまちゃんと沖縄に行ったことだと思う。
楽しいくくり以外なら、ほかがいちばんになるかもだけど。
おまちゃんとは前の会社でできた友達で、
前の会社は職場環境が良いとは言えなかったけれど、おかげでいい友人ができたからいっか、というところである。
なかでも美ら海水族館と、竹富島で貸し自転車に乗って道に迷い、けもの道に進入したのが印象深い。
美ら海水族館は言わずと知れたところなので、竹富けもの道について。
浜行くの、ここ近道じゃね?と入って行った道。
最初は車の轍が残る道だったのが、途中で人ひとり分の幅だけ踏み固められた道になり。
それも普段はほとんど立ち入っている人がいなさそうなにおい。
途中からなぜか片側のすぐ横に有刺鉄線が張られており、でこぼこ道にハンドルを取られて転んだらアウト、というスリルに満ちた展開に。
もう片側は背丈より大きい草がそびえ、草の海だ。
自転車の下から、突然の乱入者の私たちにびっくりした虫たちがばっさばっさ飛んで行って、しかもその蝶やバッタみたいのやら、ぜんぜん見たことないやつらで、すべて大きい。
生えてる木なんかもやっぱりこっちと違う。全身オレンジ色の鳥も見た。
わーぁなんじゃこれーっていうのと、みんな大きいっていうのが、自分の体との相対で考えると、子供のときの感覚を味わえたような。
その感覚が、すごく楽しかった。なかなかできない体験だと思う。
おそらくおまちゃんは違う意見であろう。
結局たどりついた浜は、目的地と違い、あえなく引き返すことになり、
その帰りに出会ったけものがこれ。
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最初はガンをとばしながら近付いてきた(上の写真)のに、おまちゃんの手から水をたくさん飲んだりして、最後はみーみー鳴いて走って追いかけてきて、集落からだいぶ離れたところだったから、どうしとんかー。帰れたんかなー。と今も思う。
さらに、往路にはいなかった牛たちが、音もなくそばにいてびびる。
有刺鉄線はこの為だったようだ。
このこたちはもう食べられてるかも、、。
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これは普通の道。
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目的の浜はすごくきれいだったけど、まなこだらけでした。
水が透明だからこそ見渡せるなまこたち。
白い砂に紛れるためか、よく知るまなこと模様が違う。
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でも、いちばんの思いでは、沖縄でたべたゴハンが大当たりばっかりだったことかもしれない。
ほーんと、おいしかったわーあれもこれもあれもこれも、、、。
思い出すとおなかがすく。
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by jingjing-li | 2007-12-14 02:33 | つれづればなし
2007年 12月 05日

66回

夢を引き続きよく見ます。
なーんだ、夢の話かよ。と、夢の話を書くのは気が引けますが、書きます。

父が部屋で護摩を焚いていた。
家の中で火なんかおこしてたら危ないというのに、みんな黙って見てた。
あまり会わない祖母もいて。
昼間なのに外はみるみる暗くなって、蛍光灯の灯りと護摩のあかりだけになった。
部屋に、いつのまにかペンキで雑に描いた、大きな曼陀羅の簡易版みたいな絵があった。
なんだか観光地の案内板みたいな絵だった。
多分、不動明王っていうやつがその絵から抜け出して、
部屋の奥に浮かんでいた。これはしっかりした立体で、なかなか立派な像になってた。
絵の中の不動明王がいたところは空白になってた。
すーっと前に出てきて、蛍光灯を指さした。
祖母が、「電気を厭がっとるんだわ」(名古屋弁)と言うと、蛍光灯は勝手に音もなく消え、
変わりに不動明王の周りがぼんやり明るくなった。
不動明王は私たち親族の未来について、
ある時間の長さの単位(なんと言うか忘れてしまった)を言い、
その1単位を繰り返すこと66回の後に、私たちのほとんどは生きていないということをはっきりと言った。
私は、それを西暦に直して考えると、数十年後だということがなぜかわかったので、
ああ、それはその通りだ、それだけの後には私たちはすっかりこの世にいない、
と納得してた。
部屋に、母も姉も伯母もいたが、みんないなくなる。
これほど外れない予言はないなぁと納得してた。
誰が考えてもそりゃそうだ、っていう真理を、恥ずかしげもなく言ったわけだけど、
あたりまえのことは、却ってあたりまえすぎるために忘れるので、
あれくらいバカ真面目な顔して言うのがきっといいんだなと思った。
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by jingjing-li | 2007-12-05 02:00 | つれづればなし