蝙蝠盤  自由帳

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2006年 01月 31日

来了!

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何も見ないでがっと描いて出てきた人というのは、スカッとして、それと、知らない人と出会う楽しみみたいなのがあって、自分で描いた気がしないときもある。
このおじさんにも会えたのだった。「は〜いいらっしゃい」てなかんじ。

話しは変って、先日。
「食べ物のことで涙を流す」という、大人にあるまじき行為をしてしまう。
食べるのを何日も前から楽しみにしていたものが食べられなかった話しを人にして、「だって!だってさぁ!」と言ってたら泣けてきたのだった。なんてこった…。自分がびっくりだった。
でも、職場の裏の中華料理屋さんは、店長が顔を覚えてくれてて最近毎度毎度杏仁豆腐をサービスしてくれるうえに、このあいだは「今日は中国の旧正月だから…」と蒸し餃子までサービスで出してくれたのだった。「喜喜」!ハッピー・ニュー・イヤー!
ちなみに中国暦での正月の初夢は、インリン・オブ・ジョイトイと遊ぶ夢だった。かわいくていいひとだったよ。
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by jingjing-li | 2006-01-31 10:18 |
2006年 01月 19日

おふろとおちゃわん

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おふろ中はアイディアがふっと出て来るのが、謎。あと次いで茶碗をあらっているときもかな。水音が効くんだろうか…。手を動かしてるのがいいという気もする。
でも、わーっ!こりゃすごい!天才?となって(悲しいことにあとで考えると大してすごくもなんともないんだけど)はっと気づくと「あれ…どこまで洗ったっけ…」と分からなくなるのだった。
今日は危うくコンディショナーを忘れてぱさぱさ頭になるところだった。

今度のGEISAIはなかみなんにも決めてなかったのに2ブース借りてしまったのだった…。参加も迷ってたのに…。
でもおっ、これで行こう!とやっと思ったので、2ブース借りといてよかったー。
と今んとこは思ってます。でも途中何度かはオレの馬鹿!なんで2ブース借りたか!?と思うんだろう。
おふろにはおふろの神様がいるんだろう。
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by jingjing-li | 2006-01-19 02:59 |
2006年 01月 18日

犬吠え森の沼の端で

なんてな書き出しでどんなファンタジックな寓話が展開されるかというところですが、地名であります。

犬吠森沼端 一丁目

というところからはがきがやってきた。岩手県だ。「紫いろの波の寄せる…」とこれまたおとぎ話的視覚イメージな名前の紫波郡というところにその町はあるらしい。
一年前に岐阜県から岩手に帰った友達から、結婚することになったというおしらせであった。「とりあえず詳しいことはまた今度ね」な、みじかいおしらせであった。思わず一人ではがきを手に「えええー!?」と言ってしまう。どんでんがえしなのか、おさまるところにおさまっていくものなのか、おもしろいなぁっ!ほんとにもー!!
陶芸の専門学校の同級生で、一緒に二人展をしてきた相手であり、8才年上?なぜ?という不思議なかんじで、いろんな意味でとても興味深く気になる存在なんだけど。私は彼女の作品がとても好きなので、そこも今後も重要で外せないところで。

陶芸は、求める色を出す為に、細かい鉱物の調合と、それを焼いて溶かして、冷えてゆく温度に気を使って結晶化をさせねばならず(ようは宝石などが溶岩の熱で作られていく過程を人工的にやるのです)、ちょっとでも何かが狂うと色合いがまったく変ってしまうので、あんまり色に力を入れたものをやる人は少ないのです。造形とか、他にやりようがいっぱいあるし。一回に焼く窯の分、まるごと失敗なんていう恐怖があるので。だからよのかなに出回る焼き物は、色あいに限ってはだいたい、似ているわけです。珍しい色は、科学的に失敗の多い不安定な色なことが多いから、そうそう手を出す作家も窯元もいない。
でもこの友人の作る焼き物は、色がすごく良い。綺麗。
すごくのんきすぎるほどに頑固にそっちの難しくてめんどくさい方に進んでいく。のんきすぎる頑固さっていうのは、たちが悪いよなぁ、、。と自分に関しても思うんだけど、この人にはかなわないだろうと思う。
焼き物の色のほうが、絵よりも永劫に残っていくしね。実際うちの姉がアパートで火事にあったとき、彼女の作品を買っていたんだけど、割れずに出てきたことがあった。火事場から拾えたものはそれだけだった。あとは形もなく、まっくろ。テレビとかも跡形もなかったような。
例えば捨てられて土の中にあってもあの色はこの世から消えないわけだから、そりゃもう頑固。

やっぱり人とのつながりの他に、「ちょっとだけ長生きしてみるもんだなァ」と思わせてくれるものはないなぁ、有り難い。
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by jingjing-li | 2006-01-18 00:02 | つれづればなし
2006年 01月 14日

遠征ってゆーか

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なんだかもうお尻に火がついているという有り様ですが、また3月にGEISAIとかいうやつに出すことにしました。もう半年後でもいいかなーって気もしてたんだけどさー、というかそもそもゲイサイに出すことについて改めて考えてみたりもしましたが、、出さねばならないという理由は全く無いわけです。あの場では目立つ何かが絶対必要になってくるんだけど、それについて考える余裕が今の自分には無いし。だったらその作戦を練ってからでもいいのかとか考えてもみたものの。あとどうもイベントとして、いち客として、がんばって好きになろうとするも正直あーんまり好きになれないイベントだっていうところも考えてみたものの。

結論、○万円で二か月ばかりの路銀を支払うようなものだと思いました。当日の、どう転んでも逃げたくなるような辛いあの雰囲気から逆算して、最低のラインからそこを少しでも減らしたいと必死になったり、なんだかんだでどーんと異常な集中力が発揮できてしまう、2か月のたいへん素敵な旅路。
へ出発しました。

なんだか。
そこまで必死になれる時期と時機ってそんなあるもんじゃないのかもしれないかなぁ、「また次回できるさ」と思っちゃいけないのかもなぁ、と思いましたのです。何があるかわからないから。頭の中も体も自分が作るものそれ一つをなんて、尋常な状態ではないと思う、ほどの、贅沢な時間と思おう。
とかなんとかきれいにまとめたいところですがぁ、もうすでにヨレヨレ…。
ほんとうにそうまでしてするのかなぁと自分でも思うけど、でも今の自分にとっては、やらないでいると毎日が水増しされてしまうかんじがするのであった。
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by jingjing-li | 2006-01-14 02:14 |
2006年 01月 04日

おつかれちゃんおめでとう

30日から三が日まで毎日出勤だった。一年で一番の繁忙期、嗚呼疲れた。
でも元日は勤務中に酒が出た。いい会社に派遣されたなぁとそのときは心から思った。うちは上司もみんな派遣なので、ゆるゆるなんだけど、ほんとに酒飲みながら仕事していいとは思わなかった。しかし、やはり忙しかった…。
二日は仕事の後職場の人と飲んで、ついでに初詣。市谷の八幡様に行った。
今年はなぜか、願いごとが考えられなかったなぁ。
うーんとりあえず世界平和、、とか願ってみました。お賽銭を投げたあとで、さぁという時に、最近の自分は365日、つくづく自分の願いばっかりを考えているのに、この上なぁ、新年の神頼みくらいは自分以外のことを考えてもいいんじゃ、、という心持ちにふとなったように思う。ただのあまのじゃくかもしれません。
その後なぜか酔っ払いながら延々歩くことになり、ワインをラッパ飲みしつつ「愛の讃歌」と「アメイジング・グレース」を大声で歌いながら行く。どっちもうろおぼえ。歌詞のわからないところを友達は「にゃーにゃーにゃー」で歌っていてかわいらしかった。やっぱりお正月は四谷も外苑も表参道も青山も、10時でも真っ暗で、歩いている人もおらず、ホームレスの人ばかりが目に入る。飯田橋から渋谷まで歩く。

久々に母親と電話。
一年前の今頃は今が予測できなかったみたいに、一年後の今頃もどんなことになっているやら、という話し、その流れで、びっくりありえないことの一つとしてたとえば妊婦とかねぇ?と話す。もし万一シングルマザーとかになっちゃったら、私が働きに出てる時間は世話してくれる?とふとどういう返事か興味が湧いて聞いてみたところ、「べーつにそんときはそりゃまーするけどー、孫欲しいってまわりのみんなみたいにそんな思ってないしー。あ、そうなったら将来はねえちゃん(32才独身、専門職、貯金かなり有り)がめんどうみてくれんじゃないのー、んははははは」という返事。とりあえず駄目じゃないらしい。
この母親の何でもありなところには、救われることが多くなった。昔はそんなふうには考えられなかったけれど。

この日記もいつのまにか一年以上続いているなぁ。ほんとうに一年後はどうなっていることやら。
現在から過去を見たら、あれこれ他にやりようがあったり、違う道があったのだろうかと思ったりしても、過去のある地点に立てば、それ以外にどうしようも選べなかった、ただひとつの道があるだけだ、と最近読んだ小説の解説のところに書いてあって、ほんとにそうだなと思う。
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by jingjing-li | 2006-01-04 01:08 | つれづればなし