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カテゴリ:アートのはなし( 33 )


2010年 06月 14日

帰った。

村瀬恭子展4回くらいくりかえし観てしまった。

アーティスト・トークも聞けた。そういうものに行ったのは初めてだった。せっかくだからくらいの気持だったのだけど、ほんとうに聞けてよかった。

地塗りしたキャンバスに絵を描き始めるとき、キャンバスの上には表面張力のように気体のようなものが張っていて、それを揺らしたり、掻きまわしたりしている、というのが自分の絵の描き方、という内容の話をされていた。
ほんとうだぁ、そういうふうにみえてます、揺らいでる揺らいでる、という。
そんなイメージを絵にできるって、すごいなぁ、、、、と思うけど、
10年分の作品があって、初期の頃より、だんだんとその言葉に近付いていっている過程が見えた。

ところどころで、「自分は絵描きだから」そうするのはやめた、とか、こうしようと思った、という言葉が出てきた。
今回は会場が広いので、初めは(今まで描いたことないけど)6mくらいの絵も描いたほうがいいのかと思ったが、自分は絵描きだから、一枚一枚絵を並べていくしかないと思ってやめた。という話など。
良いこと聞いたなぁと思った。絵からも、話からも、とてもストイックな人なんだなぁと思う。ストイックさにもいろいろあると思うけど。

今回行けなかったひとに朗報。9月には新作個展が東京であるらしいです。


実家で、何年かぶりに土曜おひるの新喜劇を見れたのが良かった。
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by jingjing-li | 2010-06-14 23:57 | アートのはなし
2010年 06月 08日

Painter’s Painter

 ネットでいろいろみてるうちに奈良美智さんのブログに辿りついた。
 その中の奈良さんが村瀬恭子さんの豊田市美術館の展覧会について書いた記事が、よかった。
ミュージシャンズミュージシャンというのはたまに聞くけど、Painter’s Painterかー、なるほど。と思った。
それから、「画面の中心に一つ、ドーン」のタイプじゃない絵で、とくにすばらしい絵を観たときに起こる気持ってなんなのか、とても上手に言葉にしてあって、ああー、そういうことか、、とすーっとした。
絵をみる人より、キュレーターの人より、収集家の人より、評論家の人より、たぶん絵を描く人に好かれる絵描き。そういう人って、たしかにいるな、、。

 しかし、奈良さんの文章は、ポエジーっていうのか、バンドをやってる20代の人が書いた歌詞みたいな散文のみの日もあって、おどろく。50才ってこうでもいられるものなのか。
 頭の中が若く居るひとを見ると、単純にすごいなぁ、とか、かっこいいなぁとか思っていたけど、最近少し違ったことも思うようになった。
周囲より一人若く居続けるというのは、なかなかにしんどいことなのではないだろうかと。想像だけど。
誤解を招くような言い方になるかもしれないけど、それはそれで業が深いように思う。
老けたほうが楽なこと、生き易いことっていっぱいあるだろう。
もちろん、ご本人たちはそれが自然で、またはそう望んで、そうなっているのであって、他の道にいくより一番楽なのには違いないと思うけど。そして、見てる側としては、すてきだと思うし、ポエジーでいてもらいたいとも思うのだけど。
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by jingjing-li | 2010-06-08 02:17 | アートのはなし
2010年 03月 22日

無事に個展はじまりました。

5月1日までwaitingroomにて
です。
営業日は 金曜日と土曜日、13時〜19時オープンです。
お立ち寄りいただければ幸いです。


初日はいろいろなお方と話すことができて、ほんとうによかった!
来ていただいた方々、ありがとうございました!
最後はやはりやや飲み過ぎて無理矢理おひきとめした方とか!!ごめんなさい!

今日は、平面のひとでは、何年間も自分が好きな人のかなり上位に入っている長谷川等伯展に行った。
かなりへろへろだったけど、あさってまでやし、、行かねば、、と。
いつも平日にしか行かないので、入場40分待ちがこたえた。
阿修羅展のときもそんなかんじだったのだけど、
阿修羅は、人がわーっと群がって見つめてる中心で金色のライトを浴びて遠く睥睨するかんじが、今思うとむしろいいかんじの群衆の演出になっていた。
しかし、、等伯は、、
人混みの中で見ると、良さ90%OFF!
余白を観に行ったようなものなのに、余白にいっぱい人がいるのだから。
でも、今まで実物を観たことがなかった涅槃図とか観れてよかった。ものすごーい大きくて、かっこよかった。
涅槃図って、仏教圏でいろんな人がいろんなかたちで描いてたり仏像になったりしてるけど、死んだブッダのまわりで泣いてる人の悲しみが、今まで自分が観てきた涅槃図の中でいちばん、「わー、みんな悲しんではるわー」と伝わってきたのだった。
人間の顔も、こんなに描ける人だったのか。
自分の絵をからめて言うのもおこがましいけど、自分にはみっちり描くのは向いてないのかなと思うこともあるけど、
涅槃図みたいにみっちり埋めて、色もいっぱい使って描いてるのもあればこそ、墨だけで描いているものにはっとするので、やっぱりみっちり埋めるものは埋めるもので練習続けていくか、、とか思ったり。
等伯の最愛の息子は、等伯に脅威を感じた狩野派によって暗殺された説が有力らしいのだけど、
ばあちゃんによると、うちの祖先には狩野派の絵師だった人もいるとか、、ほんとか。
(ほんとなら)等伯ごーめーんとおもう。

40分並んでる間に、隣で並んでる人がVOCA展のフライヤーを持っていて、
あ、まだやってたんだなぁ、、じゃあ帰りに行ってみるか、と入ったら、
はっきり言って、搬入と初日でほっとしてホワホワした気分はほぼ吹き飛んでしまいました、、、。

坂本 夏子さんと中谷 ミチコさんがすごかった。
坂本さんは、言うことがないというか、、とにかくすごい。
中谷さんは、画像をどこかのサイトかなにかで観たときは、ふつうの平面に見えていたので、こんなことになってるんすか!という驚きと、アイディアと、それがまた絵と合っているのが見事だと思った。


上野の桜はすでに三分咲きだった。
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by jingjing-li | 2010-03-22 01:32 | アートのはなし
2010年 02月 18日

サラバ、地球よ、って、いい始まりだなぁ。

このまえ、自分の絵について、
なぜ神話や宗教的な雰囲気のある絵を描くのか、問われ、
あらためて、なんでだろう、と思う。
そのときの返事は、
「博物館にある品々は、今では美術品と呼ばれるものでも、
当時はアートというくくりで作られたものではなく、宗教的な関わりで作られたものが多い。
そういうものが好きで、馴染んできたから、特別なこととは思わずに、自分が絵を描くときそういう要素が入ってくるのではないかと思う。美術館よりも、博物館的なものが好き。」というようなことを話した。

話してから、あらためて、自分は博物館に行くとき、きもちが上がるのだけど、あのかんじは、美術館に行くときの気持とは、違う。と思った。
気持があがるだけでなく、落ち着く。
誰かのお墓に一緒に入れるために作られた人形とか、
菩薩は数千年後に復活するとされているけど、そのとき着るものがなかったら困るのでそのための服を入れてある壺(中身の服は見られない)とか、
あらゆる動物が屋根に盛りだくさんに乗って、踊っているような、五重塔の焼き物とか、
そういうものを見るときの気持というのは。

文化が違うのに普遍的なかんじ、
「死」との距離が、近いかんじ、と言ったらいいだろうか。
作った人の名前が残っていないところも大きいかもしれない。
「個人」がテーマではないということや、匿名性、というようなこともだけど、
作家の名前がなくても残っているだけあって、
なにより単純に、「なんだこの美しくて美しくて、美しいかたまりは。」というものが沢山あるし。

それでも、そういうものの影響です、と言ってしまってもいいのだろうか、とも思う。
何に影響を受けたか、それも聞かれることだけど、
答えは、いつも、あっているような、半分以上は間違っているような、という気になる。

幼稚園のとき、学芸会で、子鹿のバンビとして歌に合わせて踊ったのだけど、特に好きだとも思わず、てきとうに踊っていた。
けれども、宇宙戦艦ヤマトに合わせて踊るのは大好きで、
「サラバ、地球よ」のあたまからもう好きだった。
「銀河のかなたーイスカンダルへー」と、隊員になりきって一生懸命踊って、毎回、たのしかった。
エンディングの後、すがすがしかった。
アニメ自体は小さすぎてあまり覚えておらず、イスカンダルがどんなところなのか今でも知らないけど。
で、そのときは4才だったので、なにの影響で、バンビよりヤマトが好きか、とか、あるわけないので、生まれながらの趣味趣向、発想、としか言えない。
そういうものは絶対にある。
そのほうが、大部分を占めているのではないか、と思う。
そういうものはどうして決まるのか、考えるとほんとうにわからないのだけれど。
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by jingjing-li | 2010-02-18 21:01 | アートのはなし
2010年 01月 08日

個展タイトル決まる。

一度ちらりと書きましたが、3月に個展の予定です。

こちらのギャラリーにて
waitingroom

昨年春のゲイサイでドローイングを買って頂いたのが縁で、展示をさせていただけることになったのでした。
ここのギャラリーに来るだけでも発見があるというか、なんか、いいなーっ、たのしそうー、こんな方法あったんだ、というかんじのスペースなのでぜひギャラリー自体も見に来てほしいです。と、あまり説明になっていませんが…。

ギャラリーのおふたりのすすめもあって、今回はZineも作ります。
Zineの出来は、自分がどれだけ楽しんで作れるかにかかっていそう。
今はまだ楽しめる余裕があるけど、今後どんどん時間がなくなっていっても、自分でこれはおもしろい!と思えるようにしたい…。
ペインティングは、あいかわらず修行のように精神力が要るのですが。

で、タイトルは
「けむる夜を着て」
にしました。
初期の松本隆ふう、、と自分ではおもった。最近はっぴぃえんど聴いたからかな。冬になると聴きたくなる。

いろいろ自分が好きな言葉を思い出したりしながら、絵につけるタイトルに関しても、絵と一緒でネタ帳あったほうがいいかもと思ってみた。
なんかいつも時間に追われるまま決めてしまったりするので。
なるべくなら、「言葉にできないものを絵にしているので」という方向には行かないようにと思うのだった。
タイトルが毎度良い人の作品を見ると、「えらいなぁーかっこいいー」と思うし、嬉しい気持になる。
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by jingjing-li | 2010-01-08 05:43 | アートのはなし
2009年 11月 27日

「どのような庭園なのですか?」「たいへん良い庭です」

b0035684_491575.jpg

今日のメモ。

今日は、絵をみてもらった。
3年くらい前からだろうか、たまに絵をみてもらっている人で、ペインティングをやるようすすめてくれた人で、ほんとうにすすめてもらってよかったとしみじみ思う。
でも、(ぜったいその人は読んでないから書くのだけど)どうして自分の絵を気に入ってくれているのか、毎度謎で、
私の絵は、派手さはないし、圧倒的な勢いやパワーがあるわけでもないし、いまどきでもないし、かわいいキャラもいないし、「日本」ってわけでもないし、手数で勝負もしてないし、シニカルでもないし、エログロでもないし、びっくりするような技術もないしと、これは卑屈になっているのではなく、冷静に、客観的に判断してそう思う。
それで、いったい、なにに、「おもしろい、また見せて」って言ってもらえてるのか。
「なんか好き」でももちろん、うれしくてたまらないんだけれど、絵を見るプロの人、絵なんかいっぱいいっぱい見てる人がなぜ、と思ってて、この先も会えるかわからないし、
今日聞いてみた。
答えは、
もうこの人に会ってもらえなくてもがんばる力みたいなのはじゅうぶんいただきました!
っていう答えだった。
それはたしかに目指していることだったので、それを言ってもらえるということは伝わっているんだ、伝えることができるんだ、と思った。
うれしかったです。このことばの記憶を100まんえんで売ってっていわれても売らない。
言葉ってすごい支えになる。針になることもあったりするけど。
でもペインティング技術は、やっぱりまだまだってことで一致した。
それから、以前、もしネタ帳みたいなのがあったら見たいと言われていたので、
出掛けにふと思い出して、それも放り込んで行ったら、
これがいちばんおもしろい、いちばんダイレクトで生々しく、場面も伝わってくるし、力強い。とはっきりいわれた。
これ見せてもらってよかった、ペインティングよりも、いままでのドローイングよりも(!)いちばんって。
これはショックというか、、、、、、、、。
ただのラフであり、下書き以下であり、もちろん誰にもみせたことはなかったし、
ばしばし捨てて、とっておくようになったの最近だし、
こんなんを他人に見せようなんて言われなかったらぜったいしてない。
ドローイングを描くときも、清書みたいなんをいつも描いとるんはなんなのか。
誰にも見せないのがいちばんて。

ぼーっとした帰りに、すっかり金色になったいちょうがきれいだったのでぼんやり清澄庭園に入ると、
知らないおじさんに、「もう帰るからあげる。」と、鯉のえさをいっぱい手渡された。
ありがとうございます、と言ったものの、袋を持ったとたん巨大な鯉と鴨がどあーーっと自分めがけて口をあけて寄ってきて、争いを繰り広げ、えさが全部なくなるまでかなり大変だった。

それからアラタニウラノでやっている「山と渓谷」展に行った。
とてもよかった。横山裕一さんが特によかった。
漫画「NIWA」(サイン入り)を買った。
帯の「どのような庭園なのですか?」「たいへん良い庭です。」は1ページめから出てきた。
漫画ももの凄いけど、ペインティングのうつくしさも、ためいきがでた。
画材:ペンキって書いてあったけど、ペンキでどうやったらあんなにきれいな画面が!
この人の作るものがおもしろい点は、じゅうぶんに、たやすく、どうしたって挙げられる。

それからVAN MORRISONのライブ盤と、JACKSON5のベスト盤を買って帰った。
それから姉2へプレゼントを郵送し、ドラッグストアで日用品を買い込み、牛乳は買い忘れ、洗濯をして、長時間お風呂に入り、ごはんを作って、ラピュタのビデオを見ながら食べた。
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by jingjing-li | 2009-11-27 04:09 | アートのはなし
2009年 10月 28日

10月28日のメモ

あたらしい絵、やっと終わりが見えてきた、、。
少し大きめの、91センチ×73センチだけど、なんだか、これくらい大きい方が、小さいのよりむしろ描きやすいこともあるんだなーと思った。

私はストロークが見える絵が好きで、他の人の絵を観る時も、ストロークが見える気持よさというのがある。強いストロークだけが好きなのでなくて、か弱いならか弱いストロークの良さがある。
にじみを利用したような、消えそうな線とか。短いものが幾度と重なってできる良さもある。それぞれ好きだ。ここは長め、ここは細かめ、と、リズムの違いも好きだ。
で、ペインティングだとこれくらいは大きさがある方が、のびのびとストロークの勢いを表し易いんだなぁと思った。
じつは、そういうことは、ドローイングでは線の強弱で無意識にやってきていたことで、
ああいうかんじでやればいいんだよ、と思いつつ、試行錯誤つづく。
絵の具に白を混ぜると、筆跡はとても変わる。
白はなんか重要くさいとおもっていたけど、色味のことだけじゃなかったんだ、
どの段階で白を混ぜ始めるかは、筆跡のリズムを変えることにもなるんだ、、。

ストローク(線の強弱)は、音楽でいうと、
「この曲のベースのソロが入ってくるところと、その後のボーカルのかすれ具合が大好きなんだよ、ここは何回聴いてもグッとくるんだよ」というかんじのものだと思う。
あるいは、静かに曲が始まって、そのままの雰囲気で終わるのかと思ったら途中でピアノがわーっと重なって、リズムが変わり、また最後は静かに終わる、といったようなものだと思う。
ある種類の、快楽があるのだと思う。
心をひっかくような、ひろがるような。


なんで絵を観たいと思うんだろう。

自分が絵を描くので、私の「誰かが描いた絵が見たい」という気持は、いろいろな動機が入ってしまう。
でも、自分とのかねあいとかを抜きにしたら、なんで絵が観たいのか。
というか、じつは、そもそも純粋に絵画が観たいのか?他のいっぱいの面白いものと比べても?ということが、わからなくなることもあって、
ぼーんやりずっと、何年も考えていて、答えみたいな感覚は出てこなかった。
でも最近は、はっきりと、
「絵をみることには快楽みたいなものがある」と感じた。
これはけっこう、自分で楽になった。
自分でもがんばれば提供できるごはんがあるんだというかんじかもしれない。
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by jingjing-li | 2009-10-28 05:06 | アートのはなし
2009年 10月 13日

胸の嵐もひどかったと見るほうが正しい

久しぶりに会うともだちと映画「ヴィヨンの妻」を観に行った。
先日チャラさんと浅野さんが離婚なさったことは、たいへんかなしい、二十歳のモデルさん?と、ゴシップ報道から勝手なことを延べつつ、映画館へ向かったのに、
映画が終わって第一声は、
、、やっぱり浅野さんいいなー、、。だった。
一番初めの登場シーン、闇の向こうから、着物をなびかせて転げそうになりながら走って来るところからかっこよかったので、完敗だ。
役どころの(役名は違うけど)太宰治も(「も」ってゆうか)、松たか子さんというヨメがいるのに広末さん他、複数愛人がいる、おまけに心中まで、けどしょうがないんです、僕を許してください、みたいな役だったのだが、
しょうがないな、許す。って思うね、こんな本業のすばらしい人は。と思った。
あらためて、なんて演技がうまい人なんだろう、と。
演技がうまいっていうのがいい言葉なのかわからないけど。

太宰治が心中した当時(失敗した方でなくて本当に死んでしまったとき)、おそらくスキャンダラスな話でもちきりだった後に坂口安吾が書いた、「太宰治情死孝」。
芸人は、なにより本業を見てやるべきだ、という内容。
とーーてもいい文で好きなので、以下抜粋

「当面のスタコラサッちゃん(心中相手)について、一度も作品を書いていない。
作家に作品を書かせないような女は、つまらない女にきまっている。
とるに足らない女であったのだろう。
とるに足る女なら、太宰は、その女を書くために、尚、生きる筈であり、小説が書けなくなったとは云わなかった筈である。
そのくせ、そんな女にまで、惚れたり、惚れた気持になったりするから、バカバカしい。
特に太宰はそういう点ではバカバカしく、惚れ方、女の選び方、てんで体をなしておらないのである。
 それでいいではないか。惚れ方が体をなしていなかろうと、ジコーサマに入門しようと、玉川上水へとびこもうと、スタコラサッちゃんが自分と太宰の写真を飾って死に先立って敬々しく礼拝しようと、どんなにバカバカしくても、いいではないか。
 どんな仕事をしたか、芸道の人間は、それだけである。
吹きすさぶ胸の嵐に、花は狂い、死に方は偽られ、死に方に仮面をかぶり、
珍妙、体をなさなくとも、その生前の作品だけは偽ることはできなかった筈である。
 むしろ、体をなさないだけ、彼の苦悩も狂おしく、胸の嵐もひどかったと見てやる方が正しいだろう。
この女に惚れました。惚れるだけの立派な唯一の女性です。天国で添いとげます、そんな風に首尾一貫、恋愛によって死ぬほうが、私には、珍だ。
惚れているなら現世で生きぬくがよい。
 太宰の自殺は、自殺というより、芸道人の身悶えの一様相であり、ジコーサマ入門と同じような体をなさざるアガキであったと思えばマチガイなかろう。
こういう悪アガキはそっとしておいて、いたわって、静かに休ませてやるがいい。
 
芸道は常時に於いて戦争だから、平チャラな顔をしていても、ヘソの奥では常にキャツと悲鳴をあげ、穴ボコへにげこまずにいられなくなり、意味もない女と情死し、世の終わりに至るまで、生き方死に方をなさなくなる。
こんなことは、問題とするに足りない。作品がすべてである。」


やさしいよなー、、、安吾。

って、
結局安吾を誉める。


一年前に描いた絵を、買っていただくにあたって、
加筆。
一年間で、できるようになったことと、
まだできないことが、如実に見えるという、、、
がーん。
がんばろう。
いまから朝まで続き描く。
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by jingjing-li | 2009-10-13 02:42 | アートのはなし
2009年 08月 14日

つづき

下の話のつづき。

絵を描いたりものをつくることは、子供のときから続いており、これからもずーっと続けて行くだろうと思う。
でもそれを他人に、よのなかに、発表していくということに関しては、ほんの数年前まで積極的じゃなかった。
今もいままでの自分と比べれば積極的だけど、人にはそうでないと言われそうな気がする。

作ることと、発表していくことのあいだについて、2、3年くらい考えていて、
自分のなかで答えみたいなものがあったりするけど、
考えは周期的に何度もやってくる。
発表していこうと思うかぎり、際限なく何度もやってくるのかもしれない。

で今回の周期で。
美術のことは、シーレやロートレックくらいの時代で興味が止まっている。あとは点々と好きな作家がいるくらい。
アートが「思想の装置」みたいになっていったあたりからは、さっぱり興味が持てなかった。
ぐるぐるに閉じた、雲の上だけの禅問答みたいで、どうして?と思ってた。
(今現在は、そうじゃないいろいろなものが多くなってきているんだなぁと思うけど。)
さらにそういうものに「乗っかった」かんじのするものには拒否反応を示していた。

でも、いくら私が興味がないと言っても、歴史は歴史として、知っておこう(なんとなくでも)。
と思ったのだった。
作ることと、発表することのあいだには、いくつかの事柄があるだろうけど、
その一つは、客観性だろうと思う。
現代アートに関しては、世間の感覚とのずれにそれこそ客観性がないんじゃないか、とも思える特殊な思想のルールがあった/ある気がするけど。
でも、そっち側から見ると、っていう、いっこの視点を自分の中に増やすことはたぶんいいこと、、
と思ったわけです。

下に書いたように、変にはやりを意識して歪んだ方向になったら、ということも、
最近、そういう器用な資質は、幸か不幸か自分にはないみたいと思うようになった。

関連して。
友達が「アーティスト症候群/大野左紀子著」を送ってくれて、興味深く読んだ。
世の中、いかにただアーティスト症候群にかかっているだけの「アーティスト」が多いか、というような本だったのだけど。
この著者がじゃあ反対に真のアーティストとするものはなんなの?というところがさらっとしか書かれていないくて。
そこを自分で、著者の視点から考えていくのが面白かった。
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by jingjing-li | 2009-08-14 18:22 | アートのはなし
2009年 08月 12日

アートのはなし

パンクバンドとしてデビューして数年、「最近ビートルズよく聞いてます」と言い始める、矛盾を孕んだバンドがちらほらいたという。

それはないわー。
と、思うわけだけれど。

にもかかわらず。

私は、そのパンクバンドがロックの歴史をなんとなーくすらも知らないように、
現代アートの歴史をうすーくさえも知らない。
なんだか、わざと頭に入れないようにしてきたのではと思えるほど知らない。
すっぽり抜けてる。

変に知識を得ると、おかしな方向に行ってしまう気がしていたのだ。
でも、最近、
ここはひとつ、もう避けていなくてもいいかな、と思えてきたのだった。
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by jingjing-li | 2009-08-12 02:31 | アートのはなし